AIの偽音声・偽動画に備えるには、声や顔の本物らしさで重大な依頼を確定せず、以前から登録している連絡先で依頼者に確かめ、通常の承認経路へ戻します。
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「社長です。今日16時までに300万円を」。AIの偽の声に備える送金の確かめ方
社長に似た声で送金を頼まれたとき、登録済みの連絡先で依頼を確かめます。確認会話の例と記入票を使い、少人数の会社での承認方法を整理。すでに送金した場合や実行状況が不明な場合の初動も分かります。
影山 湧亮 / NeoLogic株式会社 代表取締役。元警視庁。現場業務の整理と生成AI活用・Webシステム開発を一貫して担当。

「社長です。取引先の口座が変わったので、今日16時までに300万円を振り込んでください。この件は秘密で」。社長によく似た声の電話に続き、振込先と新しい連絡用番号がメールで届いたとします(想定例)。声に違和感がなくても、送金前の確認が必要です。
すでに送金した、または実行状況が分からない場合は、送金元銀行へ速やかに連絡してください。メールに書かれた新番号を使わない確認と、被害時の銀行連絡は、警察庁のBEC対策でも案内されています。
本人に確認した後、振込先が変わったら止め直す
本人確認は、依頼者の名前だけを一度確認して終える作業ではありません。確認した依頼内容が後から変わった場合も扱います。次は送金前の架空の整理例です。
| 依頼の変化 | その時点で残す記録と対応 |
|---|---|
| 登録済みの連絡先で、請求I-051と従来の口座を照合した | 確認相手、日時、請求番号、金額、口座を一組で残す |
| その直後に「新しい口座へ」とチャットが届いた | 先の確認済みという記録を、新口座へそのまま使わない。変更を保留し、登録済みの別経路で確認する |
| 送金画面が途中で止まり、完了か分からない | もう一度送る前に銀行側の取引状況を確認する。疑わしい送金や実行状況不明は、銀行へ連絡する |
メールに追加された電話番号へ折り返すと、その確認先まで相手が用意している可能性があります。警察庁の注意喚起は、名刺や自分の連絡先帳など、メールとは別に持っている連絡先の使用を勧めています(2026年10月26日確認)。
この手順で声の真偽を判定するわけではありません。送金前の確認と、既に送金した・状況が不明な場合の銀行への連絡を分け、担当者が次の行動を選べる記録にします。
送金前なら、依頼と口座変更を保留する
依頼が来る前から登録している連絡先へ、こちらからかけ直します。本人が依頼を認めても、取引先の口座変更と通常の支払承認は別に確かめます。かけ直すときの短い台本から会話の例をたどれます。
送金済み・実行状況が不明なら、銀行へ連絡する
送金元銀行へ速やかに連絡し、取引状況とキャンセル・組戻し等を相談します。社内調査やAI検出を待ちません。日時・金額・口座・取引番号のうち分かるものを伝え、不明な欄があっても連絡を先延ばしにしないでください。記録保全と警察への相談は、送金後に残す記録と相談先にまとめています。
なりすましの判断が難しくなる理由
ディープフェイクは、AIで人物の声や顔、動きを合成・加工し、本人の発言や姿のように見せる音声・動画です。FTCの音声クローン注意喚起では、声の複製を使う詐欺に対し、声だけを信用せず、本人のものと分かっている番号へ電話して確かめるよう勧めています。米国の家族をかたる詐欺への案内ですが、声の印象だけで判断しないという点は会社の確認にも参考になります。
一方、社長の名前をメールの表示名に使う、写真や文面を流用する、といったなりすましと、AIによる声・顔の合成は区別して扱います。IPAのニセ社長メール対策には、経営者を名乗るメールからSNSグループへ誘導し、送金を指示する手口が載っています。この注意喚起だけで、AIが使われたとは判断できません。
分けたいのは「本人らしく見えるか」「その本人が今回の依頼をしたか」「会社としてその支払いを承認できるか」です。本人と連絡が取れた場合も、支払先の口座変更を確かめる必要があります。不自然に聞こえる音声が本物のこともあります。違和感は確認のきっかけにとどめ、自然に聞こえることも送金許可の理由にしない運用にします。
依頼の内容に着目する
求められている操作に着目し、金額、支払目的、期限、取引先、変更前後の口座を整理します。「急いで」「他の人には言わないで」「この番号だけに連絡して」という要求に、普段の確認手順を外す指示が含まれていないかを見ます。詐欺かどうかは、問い合わせや調査を踏まえて判断します。
たとえば300万円という金額に加え、口座変更が既存の請求・発注内容と一致するか、誰が変更を承認するのかを確かめます。少額でも同じ手順を踏みます。確かめる前に取引先の登録情報を書き換えると、その後の照合にまだ確かめていない情報を使うことになるため、変更操作も保留します。
「既知の確認先」とは、この依頼が来る前から社内連絡帳や取引先の登録情報に載っている連絡先です。メールに添付された新しい名刺や、直後に案内されたチャットのアカウントは含めません。名刺や自分のアドレス帳等に載る連絡先を使い、メールに書かれた番号を避ける原則は、警察庁の被害防止対策で確認できます。
本人確認を別経路にする
別経路で確かめるには、こちらが管理している連絡先を使います。依頼メールの新番号へ電話するなら、かけ先も相手が指定したままです。いったん通話を終え、こちらが管理する連絡帳から発信します。会社の代表番号を使う場合も、この依頼とは独立して確かめられる既存の取引記録を起点にします。
社長の依頼かを、登録済みの番号で確かめる
次の表は、冒頭の依頼に対して、経理担当者が社内連絡帳の登録済み番号へかけ直したところ、社長が依頼を否定した、という想定です。
かけ直すときの短い台本
最初の相手へ:「依頼は受け取りました。送金・口座変更はまだ行わず、登録済みの連絡先で確認します」
社内連絡帳からかけ直して:「300万円の送金と口座変更を、今日16時までに行うよう依頼しましたか」
急ぐよう求められたら:「急ぎの事情は承認者へ伝えます。確認と承認を済ませてから手続きします」
この例では15:20に社長が依頼を否定したため、送金も口座変更も保留します。新口座が誰のものか、AIが使われたかは不明です。
時刻・根拠・残る課題を記入する見本
表1:依頼内容を確かめる会話例と記録(架空例)
| 項目 | 会話例・確かめ方 | 記録と判断(架空例) |
|---|---|---|
| 依頼内容 | 最初の相手へ:「依頼は受け取りました。送金・口座変更はまだ行わず、登録済みの連絡先で確認します」 | 15:10受信。300万円、16:00期限。取引先の口座変更を伴う依頼。 |
| 既知の確認先 | 社内連絡帳の登録済み番号へ発信。「この送金依頼を出しましたか。口座変更を指示しましたか」 | 15:20、登録済み経路で社長が依頼を否定した想定。メール内の新番号は不使用。 |
| 急ぎ・秘密の要求 | 「急ぎの事情は承認者へ伝えますが、確認と承認は省略しません」 | 「今日中」「秘密」「新番号だけで連絡」を記録。必要な承認者・担当者へ限定共有。 |
| 送金前の照合 | 依頼が確認できた場合も、取引先の登録済み連絡先で口座変更を確かめ、請求・発注・口座名義と照合する。 | この例は本人否定のため保留。新口座の帰属は不明。通常の承認も未実施で、送金しない。 |
| 被害時の銀行連絡と記録 | 送金済み・状況不明なら、送金元銀行に取引状況を伝え、キャンセル・組戻し等を相談する。 | この例は未送金で、銀行への被害連絡は未実施。受信メール原本・確認経緯・時刻を保存。 |
| 記入日 | 2026-09-15 | 記入役:経理担当、確かめる役:経理責任者。 |
| 参考資料 | 警察庁「ビジネスメール詐欺に注意」 | NIST AI 100-4:合成コンテンツのリスク低減(PDF) |
| 注意点 | 声の印象やAI検出スコアは送金承認に使わない。 | 依頼者が本物でも、口座変更の照合と承認が済むまで保留。登録済み経路の侵害も疑う場合は対面等で再確認。 |
確認票には、この表と記入済み見本・空欄版を収録しています。記録を埋めても、照合や送金承認が欠けていれば保留します。
登録済み経路で社長本人の依頼と分かっても、それだけでは送金しません。取引先の口座変更は、取引先側の既知の担当者にも問い合わせ、変更理由、銀行・支店、口座種別、口座番号、名義を照合します。「社長がよいと言った」という一つの返答で、支払先の照合を代用しないようにします。
図1:本人確認の連絡フロー(説明例)
会社の運用を決める
少人数でも、依頼を受ける役と承認する役を分ける
経理担当者が一人なら、「受け付けと記録は経理、登録済み経路での確認と承認は社長または事前に定めた代行者」という形から始められます。担当者と承認者はメールを読んだうえで、別経路で確かめた内容を残します。振込支払い時の二重チェック等の承認フローは、IPAの日頃の対策にも含まれています。
夜間・不在時の代行者、連絡手段、保留を判断できる人を事前に決めます。取引先にも、口座変更の申出だけでは変更せず、登録済み経路で確かめることを普段から伝えます。社長からの依頼も例外にしないと合意しておくと、担当者は「疑っているから」ではなく「会社の手順だから」と説明できます。
本人や代行者に連絡できない場合は、期限が近くても「不通」を「承認済み」に置き換えません。支払いの延期や代替対応を責任者と調整します。経営者一人で独立した承認者がいない会社では、二人確認をそのまま実施できません。取引先への独立した確認や、銀行が提供する権限設定等の利用可否を銀行に問い合わせ、自社で採用できる手順を決めます。
月に一度、登録済み番号を見つける練習をする
短い練習では、架空の口座変更メールを一通渡し、「このメールに書かれた番号を使わず、どこから確認先を開くか」を担当者に説明してもらいます。電話をかけたり送金したりせず、連絡帳と不在時の代行先までたどれれば終了です。古い番号や代行先の空欄が見つかれば更新します。
確認できる条件が変わったら、結論も変える
登録済みの連絡先を起点にするときも、その経路の侵害には備えます。連絡帳の書換え、相手のアカウントの不正利用、内部関係者の関与が疑われる場合は、同じ経路の返答を重ねても裏付けになりません。送金を保留し、対面、別の登録済み担当者、取引先の管理部門などへ問い合わせ先を切り替える運用を用意します。不正利用の有無は、情報システム担当者や保守委託先に調査を依頼します。
送金を再開する条件は、依頼者の意思、支払先の口座変更、取引書類との一致、通常の承認がそろうことです。本物の依頼でも口座の照合が未了なら保留します。これらがそろった正規の依頼まで、「声がいつもと違う」という印象だけで偽物と決めつける必要はありません。
AI検出ツールは、本人確認や承認とは別の手段
検出ツールは、音声・動画の合成の可能性を調べる補助です。依頼者の意思や口座の正当性は確かめられません。NIST AI 100-4の技術報告(PDF)では、音声・動画の検出性能が方式、評価データ、圧縮や雑音等の条件で変わることが示されています。
検出スコアが低いから送金する、高いから本人を詐欺犯と断定する、という使い方は避けます。AIを使わないなりすましでも送金の確認は必要です。社内音声や会議動画を外部の判定サービスへ渡す判断も、送金確認とは分け、社内の情報取扱ルールで判断してください。
疑わしいとき・実行したとき
未送金なら保留し、必要な関係者へ共有する
疑わしい依頼には追加の送金をせず、口座変更や別グループへの参加も止めます。承認者と情報システム担当者へ、受信時刻、要求内容、相手が名乗った人物、こちらが実施した操作を共有します。「AI偽音声だった」と原因を断定するより、「本人に登録済み経路で確認したら否定された」と観察できた事実を伝えます。
送金後に残す記録と相談先
送金に関わる場合は、すぐに銀行へ連絡します。取消しや返金ができるとは限らないため、可能な手続と必要資料を銀行に問い合わせてください。連絡先は契約書類や、自ら開いた銀行の公式サイト等で確かめます。
並行して、メール原本とヘッダ情報、チャット履歴、既に手元にある音声・動画、振込記録、承認ログを保全し、受信から発覚までを時系列にまとめます。メールヘッダは配送経路等の情報で、通常の画面写真だけでは残らない部分があります。取得方法が分からない場合は情報システム担当者に依頼します。被害が疑われる記録を、先に削除・編集しないようにします。メール・ヘッダ情報の保存と時系列の整理は、警察庁の記録保全の案内で確認できます。
銀行への連絡とともに、保存した記録を持って最寄りの警察署へ相談します。原本の保存場所と閲覧できる関係者を決め、追加送金を促す連絡も記録します。
備えとしてまず決めたいのは、緊急の依頼を受けた担当者が、どの登録済み連絡先を開き、誰の承認がそろうまで保留するかです。見破る担当者を置くより先に、確認を省略しない経路を用意します。
資料確認日:2026年9月15日。



